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東海メールのワンステ・メンバー第一回練習 [ご紹介]

11月13日の練習
 前回ご紹介した、東海メールクワイアーの来年3月の定演で募集した「トルミスの作品」のワンステージ・メンバーの最初の練習が11月13日(日)にありました。曲は、トルミス作曲による「幼き日の思い出」と「大波の魔術」で、どちらも素晴らしい作品です。歌詞がエストニア語やラテン語なので、歌っていて言葉の意味は分からないのですが、事前に歌詞の内容と作曲上の音との関係を説明してもらうと、その情景が歌っている中で感じられ、歌っていて心の中で興奮してくるのが感じられ、嬉しくなります。実に素晴らしい2曲です。
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「幼き日の思い出」楽譜表紙
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「大波の魔術」楽譜表紙

本番の指揮者アンツ・ソーツ氏
 以前、東海メールがエストニアの合唱曲を並べ、アンツ・ソーツ氏の指揮を名古屋まで聴きに行ったことはありました。実は、オルフェイ・ドレンガーの創立150周年の記念行事が2003年にスウェーデンのウプサラで開催された時の「世界男声合唱シンポジューム」で、パネリストを務めていたアンツ・ソーツ氏と身近に接したことがありました。
 今回、東海メールクワイアーが自分たちの定演で、「トルミスの作品」のワンステージ・メンバーとして氏の指揮で歌えるという、素晴らしい機会を作ってくれました。氏とまたお近づき出来ることを、東海メールには、いくら感謝の言葉をささげても足りないくらいです。
 ただ気になるのは、今回のワンステージ・メンバーの募集に対して、参加するのは10数名。これまでの、邦人作曲家の作品を歌うワンステージ・メンバーの募集に比べると、極端に少ないと聞いて、日本の男声合唱団員の内向きの姿勢を見たような気がして、実に寂しい限りです。
 私は、邦人作曲家による最近の合唱曲に対して大きな疑問を感じています。いったい日本の合唱界をどんな方向に向けようとしているかまったくわからない前途視界不良の、歌詞は面白くも可笑しくも無く、メロディハーモニーも美しくも無ければ感じるところも少ない、そんな作品が多いと思うのです。願わくば、島国根性から抜け出し、世界に目を広げ、海外の素晴らしい合唱作品に触れ、歌うことによって、合唱の面白さをもっともっと感じて欲しいと願っています。
世界は広い、合唱はもっと広い
 日本語なのにその歌詞が聴き取れないような合唱曲が多いのですから、日本語の合唱にこだわる必要もないでしょう。本当に美しいメロディやハーモニーを経験し、楽しみたいと思うなら、聴衆に聴いて欲しいと思うなら、そのような作品は世界中にはいくらでもあります。日本の合唱界も、もっともっと世界に目を広げようではありませんか。
<完>
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久しぶりに歌いたくなる機会が [ご紹介]

東海メールクワィアー
東海メールクワィアーはエライ、といつも思っている。
常任指揮者を置かずに、団として歌いたい作品があれば、最適な指揮者にお願いして演奏する。
これは、合唱団としては、理想の姿の一つと思う。

エストニアの合唱
その東海メールクワィアーが10年振りに、エストニアの合唱作品を歌うという。
我が国の合唱団が横文字の合唱曲をあまり歌わなくなった中で、エストニアの合唱作品を歌うことを演奏活動の一つの柱にしていることは、他団も見習ってほしい。

ワンステージ・メンバーの募集
来年3月に開催する第60回定期演奏会で、エストニア国立男声合唱団名誉指揮者アンツ・ソーツを招聘してエストニア合唱曲を歌うが、その上になんと、ワンステージ・メンバーの募集もやるという。
アンツ・ソーツの指揮でワンステージ・メンバーが演奏するのは、トルミス作曲「幼き日の思い出」と「大波の魔術」の2曲、どちらも素晴らしい曲だ。
これは見逃せない機会と思う。
ほぼ参加の方向で日程の調整等を始めている昨今である。
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ワンステ募集2017申込書
(完)
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野坂操壽リサイタル [ご紹介]

コーラスのお知らせではありません
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「野坂操壽リサイタル」のチラシ(表)

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チラシ(裏)

 私の敬愛する野坂操壽さんのリサイタルが2016年3月24日(木)に東京・浜離宮朝日ホールで開催された。これは、合唱や声楽の演奏ではまったくありません。
 野坂操壽(恵子)さんは、日本音楽集団で共に活動していた三木 稔と一緒に二十弦筝(実際は21弦)を完成させ1969年の第2回リサイタルで発表、その後三木さんの二十弦筝の作品を演奏したLPレコードを多数リリースしています。
 その後彼女は、二十弦筝を発展させた二十五弦筝を完成させると、伊福部 昭を始めとする多くの作曲家がこの楽器のための作品を書いています。今回の演奏会でも委嘱作品が2曲初演されます。

いろいろご縁がありまして・・・
 私が合唱団の関係で彼女を初めてお会いしたのは1967年です。その後、海外演奏旅行でご一緒していただき、身近で聴いた彼女の演奏の素晴らしさに感銘しました。以来、彼女のリサイタルを毎回聴きにゆくように、また、古典の筝曲や三木さんが作曲した筝や二十弦筝の曲を収めた彼女のLPレコードを集めるように努めて来ました(かつてLPレコードはコロンビア・レコードから、現在は、CDがカメラータ・トウキョウからリリースされています)。
 今回のリサイタルのマネージメントはカメラータ・トウキョウです。この会社は、ご存知の方もおられると思いますが、同志社グリーのメンバーで、団内カルテットModernairsで歌っていた井阪 紘さんが、ビクター・レコードのディレクターを経た後に設立しました。 
 私が学生時代、当時唯一の合唱雑誌「合唱界」に井阪さんがカルテットの楽譜(Moderairs Song Book Vol. 1)を出版したと投稿したのを見て、私らのカルテットでも歌いたいと思い、その楽譜を4部送ってもらったのがお付き合いの始まりでした。

ということで、合唱とも関係が・・・
 ここまで書くと、野坂さんのリサイタルがまんざら合唱と無関係ではないと思えてきませんか?そう、合唱に関係した方々が彼女と深く関係しているのです。

野坂さんってどんな人?
 2002年 「第18回野坂惠子リサイタル」で芸術選奨文部科学大臣賞、2006年 中島健蔵現代音楽賞、2011年 芸術院賞、2015年 文化功労者、その他受賞歴多数。
 現在、二代目野坂操壽として生田流筝曲松の実会を主宰。
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バーバーショップ・ハーモニーについて、高校生がこんな論文を書くか! [ご紹介]

たまたま見つけた論文
 ネット・サーフィンをやっていたら、関西学院高等部の生徒が書いたバーバーショップハーモニーに関する論文「バーバーショップスタイルは何を大切にしているか ~エンターテインメントと合唱の融合~」を見つけた。http://gleepotter.up.seesaa.net/image/E38390E383BCE38390E383BCE382B7E383A7E38383E38397E383BBE382B9E382BFE382A4E383ABE381AFE4BD95E38292E5A4A7E58887E381ABE38197E381A6E38184E3828BE3818B.pdf

高校生が書くか!
 読んでみるとこれがなかなか見事な論文で、バーバーショップ・ハーモニーの簡にして要を得た解説であり、日本の合唱界に対しての提案も含まれている。
彼は現在、大学生で合唱の指揮をしているようだが、日本の合唱界に対しての提案は、一般人から見放されている日本の合唱界を実感している者として、納得出来る論である。
 まあ、このあたりは議論のあるところだが、参考までにお読みになってはいかがだろうか?
(完)
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第15回東京男声合唱フェスティバル [私の意見]

  恒例の東京男声合唱フェスティバルが、今年(2015年)も浜離宮朝日ホールで11月8日(日)に開催された。なんと62団体(!)が参加、加えて、招待演奏と公募合唱団の演奏もあり、午前10時半から午後8時40分まで、およそ10時間という長丁場のフェスティバルになった。(役員の皆さん、特に、ステージ上で譜面台を運んだり、永年出演の記念品を渡しておられた小柄の女性は、終始一生懸命に働いていて、客席に居た多くの人も感じるところがあったと思う。本当にご苦労さまでした。)
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第15回東京男声合唱フェスティバルのプログラム表紙

素晴らしい演奏がいくつもあったが、個別の評はさておいて、全体的な感想を順不同で列挙してみる。

・ 男フェスは一般の人も楽しめるか?
 50年以上男声合唱を歌ってきて、10年前から主に聴くほうに廻った個人としての私。その私が聴いても詰まらない合唱の演奏が多いのだから、一般人が楽しめるとは到底考えられない。
そもそも、合唱が日本国で市民権を得られる時代がやってくるのだろうか、ということがずっと気になっているが、日本の合唱界がよほどの変革をしない限り、当分無理だろう。例えば、今回の会場に居たのは、出演した合唱団の団員とその知り合いプラス合唱愛好家だけで、自分の出番が終れば会場から居なくなる人が多い。だから、朝一番とか、休憩時間後の客席の空きを見ると、演奏団体が気の毒になった。
このところ、朝日新聞が力を入れるようになったが、吹奏楽(ブラスバンド)の近年の活動振りを見聞きするにつけ、合唱界、特に男声合唱はますます、仲間内だけの世界に引き篭もるような傾向にあると思うが、これは私の思い過ごしであろうか?(「それで何が悪い」と言う声が聞こえてくるように感じられる。連盟自体が危機感も何も持っていないのだから希望は無い。そもそも、朝日新聞社の建物内に部屋を借りなければ運営出来ないらしい連盟にも、もう少し考えて欲しいと思う。)

・ 無差別級の出演順で良いか?
 高齢化しても生き生きと合唱活動を続けているのは、生きがい、楽しみ、健康、仲間づくり等、とても大事なこととは、私も「末期高齢者」に足を突っ込んでいるので、分っているつもりだ。しかし、平均年齢が70歳近い合唱団と、若くて、声の良い合唱団との演奏順が「順不同」というのは、聴いていて少々気の毒になる。引き立て役ではないのだからせめて、演奏をグループ別けして、それぞれにに楽しい名前、例えば、「ドッコイ生き甲斐」、「若造も上手いでしょう」、「仕事も合唱も」、「学業を疎かにはしていません」、「僕達も予備軍」などと名付けて、区分けしたらと思う。ここまで書いて気が付いたのだが、皆が若い方のグループに出たいと思うかもしれないから、難しいかな?

・ ようやく清水・多田の時代は去ったか?
 男フェスと言えば、いつも、清水・多田の作品の演奏が多いことにクレームを付け続けてきた。今年は、清水作品が2団体で4曲、多田作品が9団体で12曲歌われた。相変わらず多田作品が多いように感じられるが、「時代が去った」とは言えなくなったようだ。
それは、近年の作曲家の作品は概して、歌詞は聴いて面白くも可笑しくも無く、メロディは美しいとはとても言えない。そんな作品でも、少人数の、声もテクニックもある合唱団が絶妙に歌えば、その演奏に感心することはあるが、多くの「普通」の一般合唱団が歌っても何も面白くない。そんな時に清水・多田作品を聴くと、昔歌った人に限らず、今の若い人が聴いても、歌詞の内容が良くて、かつ、歌詞を聴き取れ、また、メロディはつい口ずさみたくなる美しさと分りやすさ、これらに、ほっとする。(最近の多田作品の歌詞は除く。)
今回のフェスで歌われたある作曲家の作品を7合唱団、別の二人の作曲家の作品をそれぞれ4合唱団が歌っていたが、これは好みの問題、とバッサリやられそうだが、その歌詞に何か心に感じながら歌っているとは思えなかった。

・ 若い人の演奏の素晴らしさにひと言
 私は朝から演奏のすべてを聴いたが、若い人の少人数から大人数の合唱団まで、その声とハーモニーの素晴らしさには心から感服した。来年の招待合唱団の投票でも、同率2位の3合唱団も1位の合唱団もどれもが若く、かつ、1位は15人と言う少人数。しかし、1位の合唱団に言いたいのは、それだけの才能を持っているなら、単に絶妙なハーモニーを表現できるテクニックを誇示するだけでなく、もっと聴衆を喜ばせ、楽しませてくれるような内容の曲を選んで聴かせて欲しいものだ。あの2曲の面白くも可笑しくも無い歌詞を聴いていて、君たちの心を伝えたい曲とは、とても感じられなかった。

(上記内容に関係して)
 歌っていれば満足、と言う合唱団があると思えば、どうだ、こんなに難しい歌も歌えるんだぞ、とテクニックを前面に出して聴かせる合唱団もある。ただ、ステージでの演奏は、聴かせるというのは一面で、聴いて楽しむと言う聴衆の側もあることを忘れてもらっては困る。テクニックを売るのも肯定できるが、きれいなメロディと、心に沁みるか、聴いて楽しくなるような歌詞、それを伝えるための歌い手の表情、それらは言い換えれば、舞台芸術は「エンターテインメント」性が大切である、ということも心して欲しい。

・ 指揮者にお願い
 曲の解釈など、指揮者の勝手と言えば言えないことも無いが、あまりにも違和感の大きい演奏には辟易する。そんな演奏が今回の男フェスでもいくつかあった。
そもそも合唱曲には、①まったくの創作曲の初演、②創作曲だが作られてから長い時間が経って歌い方のスタイルがほぼ固まった曲、③元歌があるとか有名なグループの持ち歌で聴く人がすでにイメージを持っている曲など、いろいろある。①の場合はともかく、ほとんどの人が「名演奏」を聴いて知っている②や③の曲の場合、みなが持っているそのイメージとあまりにもかけ離れた指揮は、「独創」か「無知」かである。指揮者は、どんな解釈をしても良いが、せめて、過去の名演奏を知った上で、持てる才能を発揮して、新しい解釈を聴かせてもらいたいものだ。

・ 日本の聴衆の無愛想さは格別
 いくつかの合唱団がコーレオグラフィ(振り)を工夫して、聴衆を喜ばせ、楽しませようとしていた。日本の合唱界ではまれなことなので、大いに楽しませていただいた。しかし、ふと周囲を見回したら、笑顔の人は皆無で、みな真面目な顔をして見ている。
聴いて、見て、楽しかったら顔に出せば良いのに、そして、聴衆が楽しんでいることをステージから見たら、振りにますます気持ちを入れて、楽しませようとするだろうに、どうしてだろう。
第一の理由は、日本の合唱界では、おかあさんコーラスを除いて、直立不動で、表情も変えずに歌うのが良い(?)という思い込みがあるようだ。それでいて、演奏が終ったら大きな拍手が出たのだから、内心では共感していたのだろう。
(追加)歌っていて上着の下に着ていた(前だけの)シャツをパッと外して胸部を露出したら、笑いと拍手が出た。その努力を認めることにやぶさかでは無いが、同じ仕掛けで、シャツの色を変化させるほうがよほどスマートで楽しい。(TVで一部のお笑い芸人がやっているが、肉体を露出するのはすぐ笑いを取れるが、一番レベルの低い演出と考えるべきだろう。)

(気が付いたことがあれば、後で追記する)

  なお、私のように「歯に衣を着せぬ」発言をすると、大きな反発を食うことが多いのですが、日本の合唱を良くしようと考えての発言とご理解下さって、皆さんのご意見をいただければ幸いです。
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「おとうさんコーラス全国大会」があったら・・・ [私の意見]

おかあさんコーラス全国大会が終って
 9月7日の朝日新聞夕刊によれば、見出しに「圧巻のパフォーマンス」とあって、おかあさん全国大会の模様が書かれている。
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朝日新聞夕刊(2015.09.07)

 この記事を読んで感じたのだが、この全国大会に相当するであろう男声の大会、1月に「じゃむか関西」と7月に「全日本男声合唱フェスティバル」が開催されたことで、この二つは、日本における実質的な「おとうさんコーラス全国大会」ではないか。 そう思ったところから、いろいろ考えた。

おとうさんコーラス大会はどんな評を得るだろうか?
 おかあさんコーラス大会は、日本の合唱界では珍しいほど、毎年、いろいろな歌唱と表現(パフォーマンス)で評価されていることは、後援している朝日新聞の記事を読んでいると、よく分る。そう、お母さんたちは、コーラスを幅広く捉え、単に、良い声、良いハーモニーに籠もらないで、歌唱とパフォーマンスを組み合わせて、自分たちの歌をどうやって聴衆に伝えるか、を一生懸命に考えているのだ。
 そんな場で男声合唱団が歌ったら、一体どんな評を得るだろうか?
 敗戦後の娯楽の少ない時代には、それらしいハーモニーを付けて合唱するだけで、喝采を受けた時もあった。それから時代が変わっても、レパートリーも、歌う姿勢もあまり変わらないのが男声合唱の世界だ。
 今でもただ突っ立って歌う、聴衆に対してまったく愛想の無い姿勢、さらに戦後すぐの状況より悪くなったのは、曲は難しくなり、メロディ・ラインが明確で無く、日本語歌詞がほとんど聴き取れなくなったことだ。
 しかし、歌い手側はそんなことにはまったく気付かずに(気にせずに)、ただ「突っ立って」歌っているというのはどうしてだろう。そんな男声合唱に、どんな評価がなされるだろうか?考えただけでも、良い評など期待出来ないではないか。

残念ながら、おとうさんの負け!
 昭和20年代から30年代の、日本の大学男声合唱団華やかなりしころの男声合唱、日本の男声合唱団はそのイメージの延長の中で、変わること無くこれまでやって来たようだ。しかし、一般男声合唱団は当時に比べれば衰退の道をたどってきた。大学男声合唱団が衰退したので、一般男声合唱団に対する新卒者の補給も少なくなったのだ。一般男声合唱団は、高齢メンバーによって団員数は維持できても、さらなる高齢化に逆らえず、したがって、演奏のレベルを維持することは難しい。演奏するだけでも精一杯なのだからく、それ以上にパフォーマンスを考えるなどは無理な注文になって来ているのかもしれない。このままでは、おとうさんの負け、である。

対策は?
 指導者も含めて、一般男声合唱団の意識改革を待たなければなるまい。
 ブランドのある大学男声合唱団が、人数的には復旧したように見えるが、彼らもただ突っ立って歌っているだけだから、参考にはならない。
 一方、世の中を見れば、来日するヘルシンキ大学男声合唱団、スウェーデン王立男声合唱団(オルフェイ・ドレンガー)、エール大学ウイッフェンプーフス合唱団など、演奏会では、素晴らしい演奏と共に、いろいろなパフォーマンスを見せてくれる。ところが、見て良いとは思っても、感心はしても、日本人は真似しようとしない。「他人は他人、自分は自分」なのだろうが、本当にそうだろうか?良いと思ったら真似したら良いではないか。もう一つ最近気になるのは、横文字の曲を歌うことがめっきり減っていることだ。高齢化で横文字が苦手、という事情が分らないでもないが、大学合唱団も毛嫌いしている雰囲気があるのは、どうしてだろう。良い曲がたくさんあるのだから、指導者は是非歌うように勧めて欲しい。
 少なくとも、自分で聴いて、見て、良いと思ったことは、自分たちの聴衆のためにやってみてはどうだろうか。
 
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三木稔作曲「レクイエム」が演奏される [私の意見]

三木さんの「レクイエム」が演奏される
 カミサンが聴きに行った演奏会で配布され、持ち帰ったチラシの中に、私の大好きな三木稔作曲「レクイエム」が、今年11月に、ある合唱団の演奏会で演奏されると知って、心から嬉しく思った。  この曲は、もっともっと歌われて良いと思うのに、歌われる回数が何故か、ごく少ないのだ。

男声?混声?
 混声の、ソプラノ・ソロの楽章が追加された最新の版をオケ伴で歌ったことがあるが、この作品はやはり、男声合唱のハーモニーが最高で、混声ではまるで別の曲に感じられる。男声版の演奏回数があまりにも少ないので、三木さんもつい、混声合唱団からの希望に応えて混声版を作ったのかもしれないが、その結果は、まったく別の曲になってしまった、と言っても良いほどに変ってしまったのである。

伴奏は?
 加えて、問題は伴奏である。
 私はこれまで、オケ伴付き(オリジナル)と、2台のピアノによる伴奏で、男声で歌ったことがある。また、前記のように、オケ伴付きの混声も歌ったことがある。
 さらに、2台のエレクトーンと打楽器による伴奏の演奏(北村協一指揮、男声)を聴いたことがある。
 結論から言えば、最悪は「2台のピアノによる伴奏」である。
 理由は、ピアノは、いわば、打楽器であり、管楽器の音の伸びの感じを出せないこと、また、打楽器のあの迫力はピアノではとても表現できないことである。
 北村先生が、2台のエレクトーンだけでは駄目で、打楽器を加えなければ指揮をしない、と頑張って実現したのは指揮者の良心と言わざるを得ないし、その演奏は見事なほど大成功だった。

混声合唱団の皆様にお願い
 三木さんの作品は、叙情性、メロディの美しさ、合唱に対する伴奏の扱い、どれを取っても見事なものである。だからこそ、彼自身が、市販されている男声版でピアノ伴奏にしているのは、あれは練習用の伴奏譜である、と言っているのを聞いたことがある。
  ピアノだけの伴奏では、前に書いたように、管楽器のように音を伸ばせない、打楽器の迫力を表現できない、したがって、2台のピアノによる伴奏では、三木さんの別の「レクイエム」の演奏になってしまうのだ。
 まあ、それを承知の上でやるのなら(多分、そうだろうが)、これ以上言うことは無い。ただ、合唱団員の皆さんには、オケ伴の男声「レクイエム」を是非聴いていただき、どう違うかを感じていただきたい、と願うだけである。
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第4回全日本男声合唱フェスティバルが終る [感想とご紹介]

第4回全日本男声合唱フェスティバル
 2010年の宮崎で開催した第1回から1年おきの開催が、2014年の岡山で毎年開催に変えたので、今年2015年に第4回、来年は高知で第5回を開催するとのこと。今年1月に伊丹市で開催された関西JAMCA演奏会は、次回は2017年に青森県八戸市であるから、男声合唱団も忙しくなる。
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第4回全日本男声合唱フェスティバルのプログラム(表紙)

男声フェスの2日間
 フェス前日(7月4日)には合同合唱の講習会があるので、朝7時過ぎに家を出て京都に向かった。
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初めて見る京都コンサートホール

 合同合唱は、浅井敬壹は多田武彦作品から5曲、広瀬康夫はアフリカン・アメリカン・ソング3曲とバーバーショップから2曲、私は広瀬講座に入ったが、5曲中でステージで初めて歌う3曲を自習して行ったが、細かいところで間違って覚えた箇所があり、自習の限界を感じた。
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合同合唱の両指揮者挨拶

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浅井講座のステージ練習

 講習会後に、ホールのホワイエで交流会があった。
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交流会での両指揮者

 交流会の場では、見知った顔に本当に久しぶりに出会ったり、たまたま一緒になって飲んだ人と名刺の交換をしたりした。そのおかげで、交流会後、京都男声合唱団のメンバーの仲間に入れてもらって飲みに行くことが出来た。このように自由に動けるのが個人参加の良いところ。京都男声合唱団の皆さん、ありがとうございました。

本番
 北海道から宮崎まで、24団体が集ってのフェスティバルは壮観だった。さすが全国からの精鋭の演奏は、合唱祭とは大違いで、どこも特徴があって見事なものだった。
 さらに、広瀬康夫のアフリカン・アメリカン・ソングとバーバーショップは250人、浅井敬壹の多田作品は450人、とステージが一杯になるほど、実に壮観だった。
 24団体の単独演奏では、多田作品を歌ったのが4団体プラス合同、横文字の曲を歌ったのが3団体(「くちびるに歌を」は除く)プラス合同、と言うのも面白かった。
 なお、京都コンサートホールで初めて歌ったが、響きすぎるくらいの「合唱向き」のホールで、多少のミスは目立たないのではないか、と思わせるほどだった。

お酒のプレゼント
 伏見の日本酒メーカーからたくさんの日本酒の差し入れがあり、フェスティバル主催側の関係者で、基準不明で選ばれた8合唱団に、差し入れの日本酒の一部がプレゼントされた。
 8団体中、横文字を歌った3団体や、「オペラ座の怪人」を演出を加えて演奏した団体など、聴いていて楽しく感じられた団体だったので、納得した。

感想
 どの団も合唱のレベルが高いが、選曲にはもうちょっと工夫が要るのではないだろうか?
 横文字を歌ったのは合同も入れて、すべて広瀬康夫が関係しているのは象徴的で、聴いた人たちには評判が良かった。また、視覚的にも楽しく、見事に歌い上げられた「オペラ座の怪人」も評判が良かった。
 問題は、聴いて良いと感じても、自分たちの合唱団に取り入れようとしないのはどうしてだろう。
 団員の高齢化や人数の減少に悩む合唱団がたくさんあるのに、何も改革を考えないのは何故だろうか。
 ここは、指揮者や団の指導的立場に居る人たちの意識改革が必要で、(合唱関係者ではない)一般の聴衆を楽しませる工夫、選曲、努力が必要ではないだろうか、とつくづく考えさせられたフェスティバルでもあった。
(完)
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第4回全日本男声合唱フェスティバルin京都 [ご紹介]

今年のフェスティバルは
 7月初めに京都で開催されるとは知っていた。
  http://www.jcanet.or.jp/event/dansei/dansei-index.htm
  https://www.facebook.com/events/369544189903463/
 普段はそれほど関心も無いフェスティバルだったが、内容を知って俄然、興味を持った。合同合唱にである。
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第4回男声合唱フェスティバルのチラシ

合同合唱は
 合唱連盟のウエブサイトを見たら、2人の指揮者が振る、2つの合同合唱が載っていた。

・浅井敬壹のステージ:多田武彦の作品から
  「富士山」から、「作品第壹」、「作品第貳拾貳」
  「中勘助の詩から」から、「絵日傘」
  「柳河風俗詩」から、「かきつばた」
  「雨」から「雨」

・広瀬康夫のステージ:アフリカン・アメリカン・ソングとバーバーショップ・ソング
  Soon-Ah Will Be Done
  Were You There
  Ride The Chariot
  No More Sorrow
  When I Lift Up My Head

これは参加せねば・・・
 多田さんの曲はこれまで何度も歌っているが、アフリカン・アメリカン・ソングとバーバーショップ・ソングとは歌うことがごく少ない。さらに、聞くところによれば、広瀬氏は14年連続で参加したバーバーショップの国際大会参加を止めてこのフェスティバルに参加すると聞き、その熱の入れ方に驚いた。
 もう、これは参加するしかないと思い、合唱連盟からフェスティバルの資料を手に入れ、個人参加と合同合唱を申し込んだ。
 心配なのは独りでの音取り。本番前日の講習会(合同練習)は計4時間30分、テンポの早い曲があるので、ついて行くのが大変そうである。

夏の京都!
 フェスティバルは楽しみだが、気になるのはそのころの暑さ。
 今年は5月から真夏のような暑さが続く。夏の京都の暑さは広く喧伝されているが、7月初旬の暑さがどうなるか、今から心配だ。
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「じゃむか関西」が終了 [感想とご紹介]

「じゃむか関西」
 昨年お知らせした「じゃむか関西」の演奏会が2015年1月25日(日)に兵庫県伊丹市のいたみホールで開催された。JAMCAの演奏会には1973年の第1回からこれまで計14回参加したが、今回の第22回は2001年以来、久しぶりの参加だった。集った青森から宮崎までの男声合唱団のあちこちに知り合いがいるので、多くの懐かしい顔に出会い、まるで同窓会の感じがした。広島で歌っている小学校時代の同級生には本当に久しぶりに会った。また、東日本大震災の時に安否を確認したメンバーがいる八戸男声合唱団が次回のじゃむかの演奏会を引き受けたと聞いて、大学の男声合唱団で八戸に演奏旅行に行ったのが懐かしく思い出された。ところで、種差(たねさし)海岸は昔のままだろうか?

何を歌ったか?
 この演奏会は合同のステージだけ4ステージの構成だったが、私は何の迷いもなくア・カペラの「黒人霊歌」を選んだ。タイトルは知っている曲だけ、しかし、歌ったことの無い曲もある。アンコールも含めて6曲もあるのだから、歌ったことのある編曲が多かろうと考えたのは、実に甘かった。歌ったことがあって暗譜しているのは1曲のみ、他は歌ったことのない曲と編曲だった。そこで、昨年10月から演奏会の1週間前まで3回、神奈川から神戸に通って練習に参加した。
 他の3ステージは、共にピアノ伴奏付きの「永久ニ」(鈴木憲夫作曲)と「唱歌の四季」(三善晃編曲)、そして、オケ付きの「使徒の愛餐」(ワーグナー作曲)だった。(それぞれの曲に感想はあるが、ここには書かない。何故?ステージの陰で聴いた感想なので、それは聞かないで欲しい。)

苦労したこと
 「黒人霊歌」を歌うに当たって、指揮者は最後まで強制はしなかったが、私は是非暗譜で歌いたいと思い、3回の神戸の練習に参加して覚えた。しかし、もっとも苦労したのは2曲目の"Were You There"の最後の音だった。
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"Were You There"の最後の音を見てください

 最後の音は当然(何の疑いも無く)、私は低いほう(Low B)を歌うつもりなのだが、神戸での3回の練習中も、家で練習していても、音程的にはなんとか出せるのだが、どう考えても、客席まで届くような響きにはなっていない。私はLow Bassとして生きる道を選んでいるだけに、これには参った。
 ましてや、前日のリハーサルから最前列に立つように言われたのだが、この音が後ろからはまったく聴こえて来ないので、孤独感を感じながら歌っていた。(最前列にこの音を出せるという人は居たが、ちょっと離れているので聴こえない。) 
 前日のリハーサルが終わってから、知り合いのいる合唱団と一緒に、地元の造り酒屋「白雪」が作った地ビールを3杯飲んだ。これが良かった。 翌朝、ホテルで声を出してみたら、この低い音がそれらしく出るではないか。午前中のリハーサルでは隣のメンバーから「出てるね」と言われた。(ベースは練習の時からビールくらいは飲むべきだ、というのが私の持論)
そんなことで、本番ではばっちり歌え、面目を施した。さらに、当日突然広瀬さんから言われた"Set Down Servant"の振りもなんとかこなせて、ホッとした次第。

 そのようなことで、演奏会後の打上げも良い気持ちで、ビール、日本酒、芋焼酎と大いに楽しみ、旧知の全国の皆さんと話し、その夜の新幹線で帰宅した。これで、私の「じゃむか関西」が終わった。
(終)

追記:1976年にドイツに演奏旅行に行った時に、ステリハが終わって楽屋に居たら、共演するドイツの合唱団がビールをケースで楽屋に持ってきてくれた。すぐに飲んだが、これは嬉しかった。(共演したのはザールブリュッケンの炭鉱会社の合唱団。上手かった。)
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